中小企業の株式を相続した場合に株式を会社に買い取ってもらう手続は?
1 はじめに
この記事では、株式を相続した場合に、会社との合意で株式を買い取ってもらう、自己株式の取得の方法について、説明します。
会社が株主から株式を買い取る行為を「自己株式の取得」といい、その取得された株式は金庫株と呼ばれています。
自己株式の取得による会社のメリットは、経営の安定です。どうして、会社が株式を買い取るかと言えば、相続などを原因として中小企業の株主の人数が増えていくと、株主総会で意見が分かれるなどして経営が安定しなくなるからです。会社が株式を買い取って金庫株となると、その株式については議決権がなくなりますので(会社法308条2項)、結果的に、議決権を有する株主の数が減り、意見がまとまりやすくなります。
また、自己株式の取得は、個人株主にとっても、メリットが大きくあります。過半数の議決権がない株主は、単独では、自分の意向に沿う社長(取締役)を選任することができず、経営に参加することができません。設立当時の株主であれば事実上の発言権がある方も多いでしょうが、相続によって現れた相続人に大きな発言権はないことがほとんどでしょう。一方で、個人株主に相続が発生したときに負担する相続税は、原則として、会社の資産に比例して増えていきます。さらに、中小企業の株式は上場会社の株とは違って、買い手を見つけるのがとても困難です。そのため、もし、会社が買い取ってくれれば、扱いづらい株式を扱いやすい現金にかえることができるのです。
つまり、株式を相続した場合に、株式を会社に買い取ってもらうというのは双方にとって、メリットがあるということです。
2 会社の株式を買い取ってもらう手続
2-1 会社法の手続き
会社のお金で株式を買い取るということは、会社の資金が、特定の個人に流れるということです。もし、不当に多額な資金が流出してしまうと、会社の債権者や他の株主に損害を与えてしまいます。そのため、会社法では、①買い取り代金は分配可能額の範囲におさめること②株主総会の決議(特別決議)をとることを、自己株式の取得の条件としています。
2-2 分配可能額とは?
分配可能額とは、会社法446条に規定によって計算される「剰余金の額」から、会社法461条2項各号の増減要素を足し引きした金額で、株主ばかりに多くの金銭を支出して、銀行などの債権者が被害を受けないように調整するための制度です。
会社法446条の「剰余金の額」は、直前の決算書の貸借対照表(BS)の右下にある純資産の部の中に記載された「その他資本剰余金」と「その他利益剰余金」という費目の合計額を基点として、その費目の決算以降の動きを反映した金額です。決算書上は、「その他利益剰余金」は、「任意積立金」や「繰越利益剰余金」という費目にさらに分かれています。
この剰余金の額から、会社法461条2項によって控除される費目がいくつかありますが、その代表的なものとしては、純資産の部の中にマイナス記載された、自己株式の帳簿価格や有価証券評価損があります。
ざっくり言えば、決算後の変動要素がない事案においては、直近の決算書の純資産の部の「その他資本剰余金」と「その他利益剰余金」という費目の合計額から、純資産の部の中にマイナス記載された、自己株式の帳簿価格や有価証券評価損を控除した金額が、分配可能額の概算となります。
2-3 株主総会の決議(特別決議)とは?
全株主ではなく、特定の株主から株式を買い取る場合には、その他の株主にとっては、会社からいくらお金が出ていくのか、もしくは、自分も買い取ってもらえないのかといった点は、大きな関心ごとです。
そのため、株式の譲渡制限がついている中小企業において、会社法上は、以下のような手続きを経て、自己株式が取得されます。
- ①株主総会の招集通知+売主追加請求権が行使できることの通知(会社法160条2項)
- ②株主による売主追加請求(会社法160条3項)
- ③株主総会の特別決議(会社法156条)
- ④取得価格等の決定(会社法157条)
- ⑤株主への通知(会社法158条)
- ⑥株主からの譲渡の申し込み(会社法159条)
上記のうち、②株主による売主追加請求は、「特定の株主Aさんだけから株式を買い取るなら、自分の株式も一緒に買い取ってほしい」という他の株主Bさんからの、会社に対する議案の変更の申し入れです。この制度は、会社側からすると、自己株式の取得のハードルとなる制度です。この売主追加請求を受けた会社は、③の株主総会で、購入希望のあった株主全員を買い取り対象とするか決議をしなければならず、Aさんは買い取るけれど、Bさんは買い取らないというように、株主ごとに購入するかしないかを分けて決議することはできません。そのため、AさんもBさんも買い取るとなると、買い取り額の合計が高額となり、会社の余剰資金が少ない場合には、全ての買い取りをあきらめないといけないこともあります。なお、買い取りを希望している株主は、利害関係人ですので、株主総会で議決権はありません(会社法160条4項)。
また、上記のうち、③の株主総会の特別決議とは、議決権を行使することができる株主の議決権の過半数を有する株主が出席し(定足数)、出席した当該株主の議決権の三分の二以上に当たる多数決を必要とする決議です。通常は二分の一以上の過半数で足りますが、特定の株主からだけの自己株式の取得は、他の株主との関係で、不平等が起きないように、決議が厳格になっています。
2-4 相続した株式の例外規定(株主による売主追加請求の排除)
中小企業の株式(発行する株式の全てに譲渡制限が付いている場合)を相続した場合には、もともと自分が会社から株式を購入したり(設立時や増資時の出資)、人から譲り受けて株をもっている場合と比べて、会社による自己株式の取得が円滑に進むような特例が存在しています。
それは、相続人が、議決権を行使する前であれば、他の株主の売主追加請求をさせることなく、その相続人からだけの買い取りをできるという特例です(会社法162条)。
つまり、相続人が、相続開始後、一切、株主総会に参加していないうちであれば、会社としては、他の株主の株式も一緒に買い取る必要はなく、会社の余剰資産が少なくても、相続人からの買い取りが進むということです。もちろん、株主総会の特別決議は必要ですが、本来であれば、自己株式を取得する場合、購入希望のある株主全員から買い取らないといけなかったところ、交渉相手が相続人のみでよくなりますので、自己株式取得のハードルは下がります。
3 株式を相続したら?
この記事では、株式を相続した場合に、会社との合意で株式を買い取ってもらう、自己株式の取得の方法について、解説しました。
株式を相続した場合には、株式を会社に買い取ってもらう時期によって、売却時の所得税の税率が変わってきますので、もし、経営に参加する希望がないのであれば、できるだけ早期に株式の処分を検討することが重要です。
また、会社に買い取ってもらうのではなく、他の相続人に遺産分割協議の中で代償金を払ってもらうという方法もあります。
株式を相続して、相続人間や会社との協議が進まない場合には、是非弁護士にご相談ください。
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